Marehitoの溺れる魚は鳥かもしれない

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今さらながらの、いじめ問題

■「いじめ事件」は新しい?
Q:最近は更新も滞っていますし、そろそろ再開しないとまずいですね。
M:「ブログの死」ってのが話題になっているらしい、なんか、ある期間すぎて更新がないとそのブログはもう永眠らしい(笑)
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Q:客観的に見たら、まんまそうじゃないですか。
M:これについては何か言いたい、ってのがあまりない。というか、なんだかよく分からなくてコメントしようがないよね。いじめ事件とか・・・

Q:昔からある事件だろ、ということですか?
M:いやー、どうなんだろう。ここで「いじめ事件」が凄くクローズアップされている文脈が今一掴めない、ということなんだよね。だから実は「いじめ事件」それ自体が、別の何かの「隠喩的変換」を受けたものなのかな、と思ったりもする。

Q:つまり、過去にあった「いじめ」事件とどういう違いがあるのかわからない、ということですかね。
M:それもそうだし、なんか、「格差社会」の文脈と見えないところでつながっているのか、あるいは「つなげよう」としているのか、そうした政治的な意図があるのかなという気もするし・・・

Q:ニュース23の筑紫哲也氏が、自殺の連鎖とマスコミの過剰報道の関連性の指摘しました。
M:遺書の公開とかね。筑紫氏が「みのもんたつぶし」に「いじめ事件」を利用したと言う指摘もあるけど(笑)

Q:総数として子供の自殺が増えているのか、という問題もありますね。
M:「ニート」の問題もそうだけど、新しい枠組みで問題化しきているのかね。いじめが「陰湿化」しているという指摘もあるけど、じゃあ「陰湿」じゃない「いじめ」はあるのか、「陰湿」じゃなきゃ「いじめ」ていいのかという問題もある。


子供の自殺と大人の自殺
Q:しかし子供の自殺というのは、抑止したいですし、いつの時代でも注目されていい問題だと思います。

M:そうだね。でも、オヤジの自殺も抑止したいよね。いじめ自殺のあった学校の校長が、首吊り自殺したよね。前の日の記者会見をテレビで見たんだけど、頬がピクピクしてて、あら、やばいなーと思ってたら、案の定自殺してしまった。記者会見場が吊るし上げの現場になってる。確かに定期的に締めなきゃいけないとは思うし、教育現場の怠慢は万死に値するとは思うけど、人間は神のように万能でないのも事実。

Q:教育現場の無責任さも、火に油を注いでいるようですね。
M:分かるんだけどね、気持ちは。でも「いじめ」という枠組みで思考しても、この問題に解決はないような気がする。

昔、クラウゼヴィッツが「戦争」を「政治の延長」と位置付けた時、それが正しいかどうかは別として、「戦争」に対する思考が新しい次元に向けて開かれたのも事実でしょう。「いじめ」という問題もそうした枠組みを超えて、より広い思考空間の中に位置付けるための思い切った関連付けの作業が必要とされているような気がするね。そうじゃないと、結局、教育現場における強権的措置の発動は是か非か的な議論だけで終始してしまう。確かにそれも対処療法的には、当然考えなければならないことだけれど、それだけだと貧しすぎるしね。

Q:どう関連付けますか?
M:まあ、いろんな切り口があるからね。正直、強く主張したいと思うことがない(笑)。強いて言えば、亀田興毅氏が、自分もいじめられている、みたいなコメントを出していたけど、確かに「バッシング」と「いじめ」との関係も掘り下げてみると面白いかもね。20日に試合だ。「きっこの日記」と同じで、叩かれてもとりあえず一定の反響を引き出せれば、ゲームに勝ったようなものだ。話題になることが重要というのは、何時の時代にも変わらない。
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by SpeedPoetEX | 2006-12-13 00:52 | ニュースやぶにらみ