Marehitoの溺れる魚は鳥かもしれない

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5分後の世界

前日の投稿を済ませた5分後に、NHKに速報が。
イラクで人質となっていた香田さんらしき人物の遺体発見とのこと。
かなり確度の高いニュースらしく、政府高官があわただしく首相官邸に集まってくる映像が流され、キャスターと解説者が事件のあらましを繰り返し振り返る。

結局確認は取れず、放送終了。
テロップには「イラク人質関連のニュース」の文字が追加される。

翌日、別人であることが判明。

深夜、放送終了後のテロップには「イラク人質関連のニュース」の文字がはずされていた。

そこにまた速報。香田さんらしき人の遺体が発見された模様。

奇妙なループの終焉は、悲劇の確定の時になるのだろうか・・・
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by SpeedPoetEX | 2004-10-31 06:02 | 事件

心のキャパシティ、心の距離

ついこの前まで、某新米大臣の答弁のしどろもどろさを民主党が追及して、大きく話題になっていた。個人的には大臣に成りたてのおばさんに意地悪な質問ばかりして追い詰めている、民主党の議員のせこいやり方に好感は抱けなかった。そこに新潟を震度6の地震が襲った。全てが地震の話題一色なり、あっという間にニュースのほとんどを占有した。おばさん大臣の話題は消え去ったのだ。今度はそこに割って入るようにイラク人質事件が起きた。この事件は、地震のニュースがなかったらかなり大きな扱いになっていたはずである。誘拐の主犯が、前の人質事件とは違い、人質の殺害映像をネットで配信する原理主義グループであったのだ。にもかかわらずニュースは、その大半を人質事件ではなく、地震のニュースが占めている。NHKは放送終了後も「地震関連」のニュースは新しい情報が入りしだい伝えるとテロップで明示している。「イラク人質事件」の文字はそこにはない。

テレビ・ラジオそして新聞というメディアは、物理的に限定されたものである。限られた時間、限られた文字数の中で、ニュースのプライオリティを決定し、しかるべき量をそれぞれのニュースに割り振っていかなければならない。考えてみると、それは人の心によく似ていないだろか?人の心も固有の「キャパシティ」があって、その心に占めるニュースの割合を何らかのやり方で取捨選択し、調整していかなければいけない。全てのニュースに同じだけの関心を振り向けることは難しい。そう考えてみると、メディアにおけるニュースの取り扱いというのは、その時々の国民の心の最大公約数を示していると言えるのかもしれない。

私たちが、イラクで人質になり命の危険にさらされている青年より、新潟で被災した人たちの苦しみにより強く共感しているとしたら、それは「心の距離」によるものだ。それは「地理的な距離」ではない。このことにはもっと注意をする必要がある。つまりここに存在するのは、ある種の「差別」なのだ。我々の心のうちで、人の命の重さに明確な序列がつけられるメカニズムが知らぬ間に機能している。

この問題は一筋縄ではいかない。そんな気がしてならない。
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by SpeedPoetEX | 2004-10-30 02:42 | 事件