Marehitoの溺れる魚は鳥かもしれない

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マネックス証券の空虚な弁明(3) 炎上するBlog、踏絵化するマネックス

炎上の発端となった内藤氏の『ブレないスタンス』を要約すると

(1)私は関係ないけど、語られずにいられない。
  
   どうぞ、語ってください。

(2)今回のマネックスの経営判断の是非は、将来結果論で語られるべき。しかし、「個人投資家を第一に考える」というぶれないスタンスがある。   
   
結果論という意味では、自らの証券会社で信用取引をしていた個人投資家を破滅させた。暴落のトリガーとなることで、日本証券市場に残る愚行として記録されるかもしれない。個人投資家を第一に考えるという意味が、正直さっぱり理解できない・・・

(3)マネックスの設立理由が「個人投資家が本当に必要とするサービスや商品が無いか   ら自分たちで作ろうという素朴な発想」から始まっている、今までもずっとそうだ。
   
  素晴らしい心がけですが、実現できているのか?

(4)与謝野金融担当相なんかに、「投資家を大切にしてない」とか言われたくない。悲しい。
   
     悲しいとかじゃなくて、きちっと反論して欲しい。

(5)立法府、監査法人、取引所、などインフラが全然駄目

   全くその通りだけど、話をそらしているようにしか思えない。

(6)メールで誉めてくれてありがとう。いい気分だ

   どうでもいいい。

(7)これからも「ブレないスタンス」でいく。意見や批判派コメント欄にどうぞ。
   
     そして、この後コメント欄に怒涛の批判コメントが殺到。


内藤氏は、殺到するコメントに対して「感謝」と一言で締めくくり、以降一切無視を決め込んでいる。何らかの意見の応酬ができるのかと期待していた人々が、その木で鼻をくくったような対応に激怒、コメント欄はほとんどマネックス責任追及派が占拠する形で、現在も激しく炎上中
最近私に個人的なヒットだったのは、『人の半歩先を歩く』のコメント欄への、「人の半歩先を歩くつもりが、実は人の道から逸れてしまいましたとさ。」というレスでした(笑)

この騒動をどう収束させるのか?という観点から思いをめぐらせると、マネックスは自らガソリンをかぶって炎上しているような現状では、なかなかうまい幕引きが浮かびません。マネックス自身の対応が事件の収束を長引かせてしまっており、それによって、悪評がマーケット全体により深く確実に浸透しつつあります。さらに強く言えば、マネックスを批判することで個人投資家の信頼を獲得し、自らが個人投資家と同じ問題意識を共有しているというメッセージを発信することが、今回の暴落の免罪符になりつつあります。前回取り上げた、木村剛氏、そしてSBIの北尾氏、松井証券の松井氏など、業界の切れ者系はかなり明確なマネックス批判を展開しつつあります

そして『日証協、信用取引の担保問題で検討会・2月にもガイドライン 』において業界全体がマネックスの判断を、暴落を誘発した致命的なミステイクとみなしてコンセンサンス作りに入っていくことを表明しています。


つまり、マネックス証券自体が、「踏絵」化しつつあり、マネックス証券を批判することが、個人投資家を重視していることの間接的な宣言となりつつあるということです。


状況がここまで深刻化してしまった以上、マネックス証券がとるべき手段は限りなく限定されて来ているような気がします。それは


松本大代表取締役社長CEOの辞任です。


冷たいようですが、もうこの辺にしか落とし所がないような気がするのですが・・・
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by SpeedPoetEX | 2006-01-29 01:16 | 経済

マネックス証券の空虚な弁明(2) 木村氏も分からない

松本大氏のブログ『松本大のつぶやき』はTBはできても、コメントをすることはできません。マネックス証券のとった、保証金代用有価証券の掛目を遅延期間なしに0%に引き下げるとい暴力的な措置に対する弁明を全く受け入れることのできなかった個人投資家は、マネックス証券に更なるより理解可能な弁明ないし謝罪を求めてフラストレーションを蓄積していくことになります。2chやyahoo掲示板での責任追及はさらに激しさを増し、堤防を決壊させた土石流のように新たな戦場を求めて移動を始めました。

さて、実際のところマネックス証券のパブリックな自己弁明は個人投資家だけでなく、マーケット関係者やその業界のプロフェッショナルたちにはいかに受容されたのでしょうか?

1/26日の『週刊木村剛』において木村剛氏は「ライブドアショックか、それともマネックスショックか?」というタイトルでこの問題を論じています。

木村氏は松井証券の松井社長の取った措置と対比しながら

 同じ時期に松井証券は、新たにライブドア株を信用買いする場合の担保差し入れ比率を引き上げましたが、それは新たなポジションの組成を難しくするだけですし、これまでも他の銘柄で実施されてきたオペレーションです。こういう措置だったのであれば、混乱の可能性は少なかったのではないでしょうか。
 マネックスの場合、いきなり担保価値をゼロにするという荒業であったがゆえに、梯子を外された形の個人投資家は投げ売りせざるを得なかった。気配値であるとはいえ値段はついていたわけですし、ゼロではなく気配値で評価すれば、良かったような気もしますが、なぜいきなり「ゼロ」だったのか・・・。
 聡明な松本大社長のことですから、マスコミに公表されていない立派なロジックがあるはずだと信じますが、第三者的に眺めている限り、よく分かりません。本当のところ、どうだったんでんでしょうねぇ・・。


と述べています。つまり木村剛氏にとってもマネックス証券のパブリックな自己弁明は、理解不可能かつ説得力皆無なものであったようです。「マスコミに公表されていない立派なロジック」という「裏のロジック」が、噂される陰謀まみれのダークなロジックなのか、大局的な見地から下された健全で聡明なクリーンなロジックなのか、誰も知るよしもありません・・・

話は戻りますが、戦線の拡大のきっかけは、私にとっては2ch株板にはられたURLでした。短いコメント付きで「マネックス信者のブログ」とあります。しかし踏んでみるとそこは信者どころか、マネックスグループにおいて松本大氏と並ぶもう一つの顔、内藤忍氏のブログ『SHINOBY'S WORLD』でした。このブログはまさに炎上寸前にありました。内藤氏がマネックス証券のとった措置を援護射撃し、「ご意見ご批判があればコメント欄にお願いいたします」と、この問題に対しての議論を自らのブログで展開していく気がまんまんのように見えたのです。そう、内藤氏のブログにはコメント欄があり、それは生きていたのでした・・・
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by SpeedPoetEX | 2006-01-26 19:22 | 経済

マネックス証券の空虚な弁明(1)

「マネックスショック」と言われ、株価暴落の真の原因と噂されているマネックス証券は、自らの不可解な決断をいかに弁明してきたのでしょうか?

マネックス証券代表取締役社長CEO松本大氏は

当社による5銘柄の代用有価証券掛目の引き下げと、ここ数日間の市場全体の株価変動との間には、因果関係があるとは考えておりません。」

と、与謝野金融担当相に噛み付く形で、マーケットの暴落とマネックス証券の担保掛目のO指定の関係を認めようとはしませんでした。

しかし今日になって松本大氏は突然に

「事実として個人投資家の方々や市場関係者の間に少なからず反響を呼び起こしてしまったことを、大変心苦しく思っており、今後はこのようなことに配慮して、慎重に対応して参りたいと存じます。」

微妙な言い回しで、責任の所在を可能な限り曖昧にしながらも、限りなく謝罪に近いコメントの発表しました。

こうした姿勢の変化には、ネット上やマーケット関係者の間で渦巻いていたマネックス証券に対する厳しい責任追及の声が大きな影響力を持ったようです。それに呼応する形で、与謝野金融担当相は名指しは避けたもののマネックス証券のとった措置に対する明確な批判を表明、ライブドアショック、東証のシステム不安とともに暴落の原因の一つと位置付けました。

これに対してマネックス証券は当初徹底抗戦の構えを取っていたのですが、2chやYahoo掲示板での責任追及の戦士たちの攻撃もやむことがありませんでした。ここからさらに血みどろの様相を見せる責任追及運動は、松本氏のブログから内藤忍氏のブログへと戦線を拡大していきます。
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by SpeedPoetEX | 2006-01-26 04:21 | 経済

ホリエモンの不在に思う


私はホリエモン大嫌いなんです。生理的に駄目なんです。

でも、メディアの手のひらの返し方を見ると、うんざりしてきます。


メディアは人を三度売ります。

一度目は上がり目のときで、ちやほやもてはやして売られます。

二度目は落ち目のときで、叩いて売られます。

三度目は忘れられたときで、あの人は今?と落ち着きかけた生活に土足で踏み込んできて売られます。

ホリエモンは今二度目の売られ方をしているわけです。

メディアを巧妙に利用してきたホリエモンですが、さすがに通常番組を中止して、ヘリまで飛ばして特番組むか?とその「売られ方」に、「ホリエモンは社会的に完全に死亡しました」というメッセージを社会全体に発信しているその酷薄さに、同情してしまいます。


正直、彼はまだ逮捕すべきじゃないと思います。

退屈じゃないですか?彼がいないと。

今の日本は詰まってしまった下水みたいなもので、まだまだ詰まった部分を爆破して流れをよくしなければいけないはずだろうと思うのです。彼の逮捕とその不在感にさらされて、その逮捕は早すぎたのではないのかという思いをいっそう強くしたのでした。
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by SpeedPoetEX | 2006-01-25 05:13 | 政治

ブラックマンデーは来るか?

先週は大変な一週間でした。今週も先週の抜き差しなら無い状況を抱え込んだまま、何とかそれなりに安定的な形を見出そうともがく週になりそうですね。

さて、アメリカのマーケットがダウ、ナスダックともに大幅に下落しています。マーケットの下落要因は、もう説明する人間の主観の問題といってもいいかもしれませんが、マーケット同士の連続性は確かに存在するわけです。これが日本にいかに波及してくるのか、それがどういう程度のものか、さらにその波及の程度をマーケットのプレイヤーはどう判断するのか、その判断に対する判断をもとにプレーヤーがどう立ち回るのか、という具合に思考の連鎖は無限に続いていくわけです。

アメリカの株価の下落を国内要因を軸に見るのか、そこに日本のライブドアショック(マネックスショック・東証のシステムショック)の波及を軸に見るのかでも、見方は変わってくるでしょう。
前者であれば大きな影響をマーケットに及ぼすでしょうし、後者であれば限定的で後場には戻してくると考えられます。

しかし問題をさらに複雑にしているのが、現在の日本のマーケットの危機的な状態です。ライブドアショックは今なお継続中であり、売却不能のまま中に浮いているライブドア関連株と東証のシステムのガラスのような脆弱性の表面を、無能なマネックス証券の担保掛目の変更が亀裂のように走り抜けており、今にもマーケットそのものが砕け散りそうな状態にあるということです。
こう考えると、アメリカの株価の下落の波及がどういう形のものであろうとも、日本のマーケットの危うさは、わずかのネガティブ要因によっても十二分にブラックマンデーを引き起こすポテンシャルを秘めているということが言えると思います。

日本のプレーヤーが十分に慎重であれば、とりあえずポジの手仕舞いに向かうはずなので、前場は売り一色というのが私の描く「絵」なのですが、最近のマーケットは個人投資家の増大によって市場そのものの動きが掴みにくくなっているのも事実。実際のところどうなるのかは神のみぞ知るとうところです。

日本のマーケットが自律的になしうる事があるとすれば、
(1)ライブドア関連株の担保掛目に対して、証券会社全体が明確なコンセンサスを打ち出して
投売りパニックが再び起きないように先手を打つ(まあ、無理だろうな・・・)
(2)東証がシステムの増築を(今さらどうしようもない・・・)
(3)ライブドア関連企業の他企業による買収(まあ、ギャグですな・・・)

ブラックマンデーはあるか?と問われれば、私的には「YES」なのですが、こうした観測も織り込んだ上でマーケットは動いていくものです。織り込んだ上でYESなのか、NOなのか、やはり分かりません。

かってニーチェが
「真理とは女のようなものだ、抱きよせようとすると、するりと身ををかわして逃げていく」
と述べました。「真理」を「マーケット」に置き換えてみれば、もっともらしいマーケットの予測がマーケットの真実をつかみ損ねる一番の要因といえるのかもしれません。

どうぞマーケットのプレイヤーの皆さまはご自愛ください。
捉えがたい、油断のならない一週間がそこまで来ています。
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by SpeedPoetEX | 2006-01-22 06:33 | 経済

主語による隠蔽

年末テレビで朝生を見ていたときに感じたことですが、パネリストの一人として出演していた中国人の教授がやたらと「アジアは」を連発するのです。鋭く違和感を感じました。なぜかといえば彼が「アジア」という時、それは本来「中国」を意味していたからです。

何故中国といわずに「アジア」というのか?それは中国の意図とアジアの意図が一致しているのだ、日本はそこから外れている、ということを強調したいからです。

これはまさに主語を乱暴に拡張することによって、自分を拡大して見せ、同時に自己中心的な主張であることを巧妙に隠蔽するという典型的な詐術です。

考えてみるとこの手の主語拡張型(自己隠蔽型)のレトリックは、「我々労働者は」とか「我々市民は」とか実に様々な場面で乱用されてきました。

その時私はいつも感じるのです。かってに君の「我々」に私を組み込まないでくれと。せめてそのくだらない主張を責任を持って、「私」という主語のもとで展開してくれと。
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by SpeedPoetEX | 2006-01-11 04:49 | 政治

蟲師 人はそれでも生きていく

今、できるだけ見逃さずに付き合おうとおもっているのが、前に触れた「牙狼」とさっき見終わった
蟲師」です。両方とももう終わりそうなんですが(笑。

今回は年始進行の特別編集で2話連続で放送されたのですが、いやよかった。

蟲師の面白さと言うのはいろんな方が触れているので、今さら付け足すこともないのですが、やはりギンコの不思議な立ち位置がその魅力の一つとなっています。蟲が引き起こす様々な事件の中に介入し、絡まった糸をほぐすように蟲と人の生の織り成す不思議を解き明かし、解決の道を模索していくギンコですが、彼の登場人物に対するかかわり方が絶妙なのですね。クールでもなく、しかし感情的にコミットするわけでもなく、実に淡々としたぶれない関り方をするのが実に印象深いです。

今回は蟲の入った硯を作ってしまったために大切な人を死なせてしまった女性に、物語の最期であっさりと硯作りに戻るように示唆します。罪の意識から逃れられず硯作りから身を引いた女性に対して、人は自分のできることをしっかりとやって生きていくしかない、というメッセージを押し付けがましさの全くない実に自然な感じで発信します。つまり蟲落としはこの物語には2度あるのです。実際の蟲を解き放つことと、人の心に巣食う蟲を払うことと。

このアニメを見るたびに、人がもの狂いせずに、普通に生きていくことがいかに難しいかということをあらためて考えさせられてしまいます。

特異な時代背景と、独特な時間、自然環境の中に密閉された不思議な物語が映し出す世界は、私たちの心の中を流れる普段気づかない時間の流れとつながっているのかもしれません。
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by SpeedPoetEX | 2006-01-08 06:06 | マイブーム