Marehitoの溺れる魚は鳥かもしれない

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顔を探して 甘粕正彦氏

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甘粕正彦(1891年1月26日 - 1945年8月20日)

イメージ検索などが簡単にできるようになったので、興味のあった人物の写真を探してアップすることにしました。第一回は甘粕正彦氏です。「昼の満州は関東軍が支配し、夜の満州は甘粕正彦が支配する」と言わしめた人物ですが、そのイメージからは考えられないほど、柔和で繊細な表情をしています。実にいい写真ですね。
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by SpeedPoetEX | 2006-10-28 00:44 |

前原グループは離党すればいい

終わりの始まり
繰り返し「不可逆的な解党過程」にあると言ってきた民主党が、補選で二敗した。別段驚くべき結果ではないし、元キャバ嬢が当選したようなサプライズも起きようのない地味な選挙であった。「羊と狼」で触れたことの逆のことが民主党では起きている。それは、小沢氏における「乖離」として顕在化している。つまり、小沢氏は「羊」であるにもかかわらず、「狼」として扱われ喧伝されている。映像で見る小沢氏は明らかに「病人」であるし、なぜ病人を党首としてかつがなければならないのか、理解に苦しむ。そういうふうに自分自身を騙すしかない民主党の状況は、それだけ悲惨であるということになる。


時代錯誤にぶれすぎて
ポスト小泉的な政治状況において、小沢氏はあきらかに時代錯誤な政治家である。ほとんどの人間がそれを理解しているはずであるし、当然民主党の内部にもそれを理解している人間はいる。小沢氏の自民党との対決路線は、失笑を買っている。この状況において、右斜め上に行くならともかく、左斜め下を行っているのはなぜなのか。田中真紀子氏や田中康夫氏と組もうとすること自体、政局のため、つまりその他の弱小野党と共闘するための、広くて浅い左よりのコンセンサス作りなのだろうか?しかしレゾンデートルをなくし、消滅しつつある野党に擦り寄ってく舵取りは、参院選における民主党の末路をすでに予感させている。

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政権交代がなくても、日本は変えられるし、それ以前に民主党に政権交代は無理

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by SpeedPoetEX | 2006-10-27 03:17 | 政治

きっこのモンタージュR きっこ氏の1勝1敗

株価操作には成功するも、補選では影響力ゼロ
Q:本の出版から藤田氏の記者会見と、また盛り上がりつつある「きっこの日記」ですね。
M:株価操作疑惑が再燃する形になったね。また藤田氏の「告発」を安倍政権への批判に結び付けて補選まで引っ張りつづけたけれど、政局に対する影響力はほとんどないことが実証されたね。

Q:影響力が限定的であったと。
M:株式市場に対する影響力は維持されているけど、政局までは届かないね。まあ、最近では一番がんばったほうじゃないのかな。

Q:藤田氏の告発をどう見ますか。
M:特にないかな。多分、「きっこの日記」が大騒ぎしなければ誰も注目したかったんじゃない。

Q:その後の首相官邸突撃パフォーマンスもありました。
M:ノイローゼだよね、彼(笑)
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■張るものがないので既出のネタをはっときます。

Q:まあ、「既出ネタ」ということもありますからね。
M:かってのきっこ氏の共犯者で、最初の耐震強度偽装疑惑でコラボレートした、民主党のまぶち議員が、すでに国会質疑で取り上げたって自分のブログで書いている。それを「爆弾」だとか言って力技で「新事実」みたいにしちゃう、なりふりかまわない感じはおもしろい(笑)それに今度は、かなり「動員」かけた感じはするね。各方面に(笑)後、関係ないけど松永氏の写真がアップされていて、なかなかかっこよく撮れていたね。眼鏡外すと、美学者の谷川渥氏そっくりだったんで、ちょっと笑ったよ(笑)

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by SpeedPoetEX | 2006-10-24 03:33 | 政治

羊と狼

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人間にとって、羊は食うものであり、狼は食われるものである。この区別は絶対的であり、誤認は許されない。「ボタンの掛け違い」ではすまない。しかし現実の歴史では、この掛け違いえは頻繁に起こる。頻繁に起こるというよりも、「掛け違い」こそが歴史を動かしているという解釈も可能かもしれない。そしてそれは半ば「意図的」な掛け違いなのだ。

つまり、狼を羊だと「思い込みたい」人たちがいて、狼がその提案を飲めば狼は羊として扱われる訳である。「君がこうしたふるまいをしてくれれば、我々は君を羊として扱おうと思うが、どうだろう?」ということである。提案する側にその必要があり、狼はその提案を飲むことにメリットを見出す場合、両者は協調して「茶番モード」に突入する。

そしてその瞬間から、狼は羊として扱われることになる。しかし、注意すべきは、狼が羊になったわけではない、ということである。さらに注意すべきは、狼と羊の二重性と、その隠蔽による「乖離」は、遅かれ早かれ必ず破滅的な調整局面を向かえ、そして羊は再び狼として状況に回帰してくる、ということなのだ。

もしそうであるなら、狼を羊として扱うのは、モラトリアムにすぎない、という認識を持たなければならない。もしそういう現実的な認識を持ち得ないのであれば、あるいはその必要性がないのであれば、それは狼を一方的に利するだけの徒労に終わるだけであり、無意味以外のなにものでもない。

だとするならば、さっさと雌雄を決するべきである、と私は思う。しかし、歴史は決してそうした直線性とは無縁に、迂回に迂回を重ねて最終的に逃れようのない局面へ到達するようにできているらしい。歴史は余すところなく、全てを飲み込み咀嚼する、一個人の視点からは無駄以外のなにものでもないファクターも、歴史にとっては十分に迂回して回収する意味があるのだろう。人間は逆立ちしても、そうした視点を共有することが出来ないのかもしれない。
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by SpeedPoetEX | 2006-10-17 00:19 | 一人で思うこと

きっこのモンタージュ リターンズ プロレタリア文学としての「きっこの日記」

■『きっこの日記』が出版される意味は?
Q:松永氏が復帰しました、『きっこの日記』も本になりますね。
M:松永氏は復帰したようだけど、ちょっと方向性が見えにくい展開だね。『きっこの日記』が本になるということだけど、どういう意味があるのか分からない。

Q:本を出版することで「一気にメジャーにブレイク」というのもある訳ですが。
M:それもそうだけど、きっこ氏のような中途半端な有名人は本とか出版すると、「一丁あがり」になるパターンも多いと思うけどね。神秘性が消えて、一気に飽きられるリスクのほうが高いと思うけど。
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Q:何をどこまで書くか、にもよりますね。
M:つまりさ、ネットで読めるものを本で出す意味があるか、という問題もあるし・・・

Q:電車男はどうですか?
M:あれは一貫したストーリーがあるから、小説として出版する意味はあると思う。でも、「きっこの日記」はネタの鮮度が勝負でしょう?過去のスクープでもまとめるのかね?でも全部嘘っぱちなんだから、そもそも「スクープ」なんてないわけだし・・・。新ネタでも仕込む?

Q:それをやると、ネットのほうの「きっこの日記」の意義がなくなるような・・・
M:芸人が本を出すというパターンがあるでしょ?ネタを本として出すグループと、小説みたいに別の方向に振るグループがある。前者がヒロシ氏、鉄拳氏、長井秀和氏、後者が劇団ひとり氏、品川庄司の品川氏と分かれる。本は両方ともそこそこ売れるんだけど、前者は何故か消えつつある、逆に後者は芸人なのに小説書いて、別の才能を示したということで、タレントとしてランクが上がっている。だから、きっこ氏は単なるネットの延長線上でネタを本にすると、消えるほうのレールに連結してしまうような気がするんだよね。もうひとひねり加えるたほうがいいんじゃないかな。思い切って、「きっこのスーパーヘアメイク」とか、そういうほうに振った方が、長いスパンで考えると良かったのかもしれない、ヘアメイクでもなんでもない人間がヘアメイクの本を出すというのは画期的だからね(笑)

Q:「きっこの日記は無料です」というのも、今は空しく響きますね。
M:サプライズとしては、「病気」の「お母さん」が死んじゃって、お墓を建てたいので、印税で建てることにしました、みなさんごめんなさい、みたいな「衝撃(笑劇)」の告白があるとおもしろいけどね(笑)

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by SpeedPoetEX | 2006-10-09 03:58 | ニュースやぶにらみ